笑顔で床にうつ伏せになる女性と、その背中に乗って楽しそうに笑う幼い子ども。穏やかな室内で寄り添う親子の姿。

選択的シングルマザーは合理的かもしれない?それって、ほんとう?

2026.02.22

先日、「選択的シングルマザーは合理的かもしれない」という若い女性たちの会話を耳にしました。

その言葉を聞いてから、しばらく思索していました。

合理的、という言葉にはどこか冷たい響きがあります。
けれど同時に、今は、離婚率も、ワンオペ育児の現実も、養育費の未払い率も、簡単に調べられる時代です。

結婚という制度のリスクを知った女性たちが、「最初から結婚を前提にしない」という選択を思い浮かべるのは、決して不自然なことではありません。

でも、本当にそれは「合理的」と言えるのでしょうか。
そもそも合理的とは、何を基準にした言葉なのでしょう。

正解が一つではない時代に、私たちはどんな物差しで人生の選択を測ればいいのでしょうか。

今日は、「選択的シングルマザー」というテーマを通して、“合理性”と“納得感”について、一緒に考えてみたいと思います。

「合理的」という言葉の正体

合理的とは、本来「目的に対して無駄がない」ということです。
感情を排除することでも、冷たく振る舞うことでもありません。

では、この場合の目的とは何でしょうか。

結婚することなのか。
子どもを持つことなのか。
安定した家庭を築くことなのか。
それとも、自分の人生に嘘をつかないことなのか。

目的が違えば、合理性の定義も変わります。

かつては「好き→結婚→出産」という一本道が一般的でした。
けれど今は、「好き」「結婚」「出産」が必ずしも同時に成立しなくてもいい時代です。

人生設計は分解され、再編集されている。

「選択的シングルマザー」という言葉は、その再編集のひとつの形なのかもしれません。

情報社会では“正解”が証明できない

今は、あらゆるデータが可視化されています。

日本では約3組に1組が離婚すると言われています。
ひとり親世帯の経済的困難も、養育費の未払い率も、簡単に検索できます。

一方で、結婚していても不安定な関係のなかで子どもが育つケースもあります。
表面上は「両親がいる家庭」でも、家庭内が緊張や対立に満ちていることもある。

情報は増えました。
けれど、正解は増えていません。

統計は確率を示しますが、「あなたの人生」を保証するものではありません。

人生は、再現実験ができないからです。

だからこそ、「合理性の証明」はできません。

子どもにとって本当に大切なもの

ここで立ち止まりたいのは、子どもの視点です。

発達心理学では、子どもにとって重要なのは「親が何人いるか」よりも、「安定した愛着関係があるかどうか」だと示されています。

提唱したのは、イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィ です。

愛着理論とは?
ボウルビィの愛着理論では、子どもにとって重要なのは「特定の養育者との安定した情緒的なつながり」だとされています。

ここで言う「安定」とは、経済的な豊かさよりも、精神的な一貫性のことです。

・感情に応答してくれる
・拒絶と受容の振れ幅が激しすぎない
・予測可能な関わり方をしてくれる

子どもは、繰り返し応答してくれる大人の存在を通して、「世界は安全だ」「自分は守られている」という感覚を育てます。これを「安全基地」と呼びます。

大切なのは、人数ではありません。

さらに言えば、血縁も絶対条件ではありません。養子や里親、祖父母など、継続的にケアを担う存在とのあいだにも、安定した愛着は形成されます。

問われているのは、「血がつながっているかどうか」でも、「親が何人いるか」でもなく、「関係の質」です。

もちろん、経済的な基盤も現実的な要素です。実家の支援があるかどうか、社会的なサポートが受けられるかどうか。背景は人それぞれ違います。

だからこそ、一律の正解はありません。

合理性よりも大切な“納得感”

合理性は外側の物差しです。
でも人生の選択は、最後は内側の感覚に委ねられます。

その選択を思い浮かべたとき、身体はどう感じるでしょうか。

重くなるのか。
締めつけられるのか。
それとも、怖さがあっても少し軽くなるのか。

納得感は、思考だけでは生まれません。

身体全体が軽くなるような感覚。
自分に嘘がないと感じられる感覚。

それが、その人なりの答えなのかもしれません。

誰かにとっては、結婚してから出産するほうが安心。
誰かにとっては、結婚を待たずに母になるほうが自然。

感じ方は一人ひとり違います。
だから正解も一人ひとり違うのです。

まとめ:それって、ほんとう?

選択的シングルマザーは合理的かもしれない。
それって、ほんとう?

ほんとうかどうかは、外側にはありません。

その選択を想像したとき、あなたの身体はどう感じていますか。

軽くなるなら、進んでいい。
重いなら、まだ考えていい。

誰かの統計や、誰かの価値観ではなく、あなた自身の納得で選ぶこと。

それぞれの事情、それぞれの背景、それぞれの願いがあるからこそ、答えは一つではありません。

合理的かどうかよりも、納得できるかどうか。

その選択を思い浮かべたとき、心は少し軽くなるでしょうか。

怖さがあっても、それでも進みたいと思えるでしょうか。

正解はひとつではありません。
けれど、納得できる選択は、自分の中にしかありません。

この記事を書いた人

編集部ライター マホサムネイル

編集部ライター マホ

WEBライター。“自分らしく生きる”をテーマに、性・恋愛・メンタルヘルスを中心に記事を執筆。自分の言葉で丁寧に表現することを大切にしています。

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