近年、仕事やキャリアアップのノウハウを主体的に学び、人生の舵をとる自立した女性が増えています。その反面、プライベートでは女性の健康や性について「知識」はあっても、それをどう使うか学ぶチャンスは少ないのではないでしょうか。
この記事では、大人の女性が学び直すべき「包括的性教育」の定義や目的、従来の性教育との違い、そしてその重要性について解説します。
「包括的性教育」とは?
包括的性教育とは、性に関する知識だけでなく、性の多様性、ジェンダー平等、暴力と安全確保、人間関係、ウェルビーイング(幸福)のためのスキルなど幅広いテーマを含む教育と学習プロセスです。
「男らしさ」「女らしさ」など性差に縛られない人間関係の構築を目指し、自立した現代女性にこそステージアップとなる学びと言えます。
包括的性教育で扱うテーマ
包括的性教育の目的は、学習者のウェルビーイング(幸福)の実現です。
ウェルビーイングとは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味します。
包括的性教育は、自他ともに尊重される関係性を築き、自分の選択が他者や社会にどう影響するか考えるための知識やスキル、態度や価値観を身に着けるカリキュラムです。そのベースには「人権の尊重」があり、生涯を通じてすべての人の権利が守られることを伝えています。
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2009年初版、2018年改訂)は、包括的性教育を推進するために科学的に正確であること、徐々に進展するスパイラル型カリキュラムであること、文化的状況に適応させることなどを重要視しています。ガイダンスでは包括的であるために、次の8つのキーコンセプトを設定しており、相互に補強しあうようにカリキュラムに組み込まれています。
- 人間関係
- 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
- ジェンダーの理解
- 暴力と安全確保
- 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
- 人間のからだと発達
- セクシュアリティと性的行動
- 性と生殖に関する健康
参照元:ユネスコ編『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』改訂版
従来の性教育との違い
従来の性教育は、「生理の話」など一方的に知識を得るだけではなかったでしょうか。
そもそも日本では小中学校で「性交」というワードを使ってはならないとの制約があり、性の知識が自分の人生にどう必要か、具体的に教えることが難しい現状があります。また、性教育によって青少年の性行動が早まるのではという「寝た子を起こすな」理論も根強くあるのも事実です。
しかし、今はインターネットで簡単に性的な情報にアクセスできる時代です。某動画サイトで「しずかちゃん」と検索してみてください。大人なら性的に見えるように編集した動画がたくさん上位に出てきます。今の時代は「寝た子は無意識に起こされている」状態であり、子供は幼少期から偏った性の情報に晒されていることが分かります。知識のみを教えてきた従来の性教育の限界をあらわしているのではないでしょうか。
参照元:橋本ら『教科書にみる世界の性教育』かもがわ出版
世界の事例に学ぶ包括的性教育
包括的性教育が実施されているオランダでは、子どもたちは学校で避妊について学びます。
例えば、「0歳から始まるオランダの性教育」(リヒテルズ直子著、日本評論社)には、ボーイフレンドと旅行に行く中学3年生の娘に母親が「ピルを持っていくのを忘れちゃだめよ」と伝えるエピソードが紹介されています。これは、確実な避妊のために2つ以上の避妊方法を推奨する教育の成果です。
こうした教育は低学年から段階的に繰り返し、少しずつ学びを深めていくスパイラル教育となっています。さらに、ロールプレイ形式で当事者意識をもって性と体、そして人とのかかわり方を学んだ先のカリキュラムに組みこまれています。
オランダの母親の発言には、娘とその相手がそれぞれの体を大切にし、意思を尊重しあえる関係であること、そしてそれを判断できる正しい知識を持っていると信頼している姿勢が示されています。
包括的性教育で学ぶ「知識」と「人との関わり方」

包括的性教育って性に対して奔放になりましょうってこと?という印象を受けるかもしれませんが、それは、包括的性教育の目指すところとずれています。
包括的性教育で学ぶ性の権利と安全
包括的性教育で伝えたいことは、私たちには性を楽しむ権利がある一方でそれがリスクを伴う可能性があることを理解し、安心安全に人生を楽しむスキルを学ぼうということです。リスクとは、自分だけではなく、相手の心と体を損なうことも含まれます。体と心に合わせて性を安全に楽しむために、どんな知識・考え方・コミュニケーションスキルが必要かを知っておきましょうというのが包括的性教育の方針です。
包括的性教育で学ぶ「境界(バウンダリー)」の概念
「境界:boundary バウンダリー」とは、自分と他人の間にある目には見えない境界線を指し、これが侵されないことで精神的にも物理的にも安心安全を守られるものです。
従来の性教育では「〇〇を見せてもいけないし触ってもいけない」と一方的に教えられてきましたが、包括的性教育では「ハイタッチはいいけど、ハグは嫌だ」といったように一人ひとりのバウンダリーがあり、お互いに尊重し合う必要性を教えます。つまり、性知識の前に「自分の体に誰がどのように触れるかはすべて自分で決める権利がある」ことを学ぶのです。
包括的性教育における「同意」と「尊重」
バウンダリーを尊重しあうためには、「同意」について正しい理解が大切です。
すなわち、対等な関係での明確な「YES」だけが「同意」とみなされます。バウンダリーは人によって違うので、触れ合う前にその行為をしていいか聞いてみる、同意がもらえなければすぐにやめることが重要です。また、いやだと感じたら「NO」と伝える権利があります。
包括的性教育では、積極的に性的行動を選択・拒否・撤回する自由を誰もが恥じることのない社会を目指します。
判断力を育む「知識」が包括的性教育の基盤
正しい「知識」は、自分のバウンダリーを判断し、適切な選択をするために必要不可欠です。
例えば、パートナーがコンドームを拒否した場合、その行為が妊娠だけでなく性感染症のリスクを伴うことを理解する必要があります。性感染症は無症状の場合もあるので、新しいパートナーと性交渉に臨む前の性感染症チェックも大切です。包括的性教育では、その一つの行為がもたらす結果を網羅的に学ぶことで、自分のバウンダリーや同意を表明する判断力をはぐくむことができるのです。
包括的性教育で解消する「無意識バイアス」

次は、「偏見:バイアス」という視点から、包括的性教育について考察してみましょう。
女性自身を縛っている「性」についての無意識バイアス
「ジェンダーバイアス」とは、性別の違いで特定の役割や行動への思い込みや偏見を無意識に持つことを言います。
例えば、私たちが学生のころ、学校での集会の時間に男女別にならばせる、男女で隣の席にする、といった習慣がありませんでしたか?近年これらは、性を男女のみに分ける行為であり、無意識に多様性を損なう習慣と考えられ、男女混合に変わってきています。
また、リーダーシップのある女子が学級委員長ではなく副委員長になるのが当然と、本人も周囲も思っている節はありませんでしたか?あるいは「女性なのに主任はすごい」という言葉など、女性自身が自らを縛っている無意識の「ジェンダーバイアス」は意外とあります。
包括的性教育は、性の多様性を様々な角度から学び、このような無意識の「ジェンダーバイアス」を解消するのに役立ちます。
性の固定概念〜ドラえもんと日本女性像
国民的アニメ「ドラえもん」に登場する「しずかちゃん」は、優秀で美しく、優しく、能力がある女の子として描かれていますが、リーダーシップをとることはなかなかなく、のび太を応援する役割がほとんどです。それどころか許可なくお風呂をのぞかれるシーンが何回も描かれています。
これは、能力があっても控え目であること、性について受け身であることが「周囲に好かれる日本女性像」だと無意識に刷り込まれて、性の固定観念が作られているとも考えられます。
こうした影響で、女性がパートナーより稼ぐことや、家庭より仕事を優先させる状況、さらには女である自分を楽しむ際に、罪悪感を感じ、生きづらさを感じてしまう人も少なくないのではないでしょうか。
包括的性教育は、包括的に学ぶことで視野が広くなり、生きづらさを解消していくのにも良い影響を及ぼすと考えられます。
「普通」「当たり前」という言葉の再考
無意識なバイアスから解放されるために、「普通」「当たり前」という言葉を不用意に使わないことが効果的な場合があります。
「仕事がんばるなら残業が当たり前だよね」「両親がそろっているのが普通だよね」といった言葉を使いそうになった時、立ち止まって本当にそうなのか考えてみてください。
無意識な偏見に気づき、自分や周囲の人の心や体を損なうリスクを減らし、人間関係が円滑にもなりますし、包括的性教育の目指す多様性に近づくチャンスとなります。
包括的性教育で自分と他者を尊重し、真に自立した女性へ

包括的性教育は、無意識のバイアスを外し、自分と他者を尊重するスキルを養います。この学びを通じて、安心安全な性を楽しみながら、自分も他者も損なわない関係を築け、自分らしく自立した生き方ができるようになるでしょう。